新・日本紀行(8)南伊豆 「石廊崎」
石廊埼灯台(伊豆灯台)
伊豆半島の東海岸を南下したR135はここ下田でR136となって西伊豆方面へ向かっている。
小生もそれに従って進むことにする。
吉佐美から標識にしたがって石廊崎方面へ、河口の青野川の対岸は美しい海岸が広がっている、「弓ヶ浜」である。
白砂の浜が弓なりに広がる美しい浜で、背後には松原の緑が迫る詩情豊かな景観である。
伊豆西南海岸といわれる県道から、石廊崎の取り付部である石廊崎港の遊覧船乗り場へ来た。ここは湾というか入り江というか、外洋から凡そ1kmも細長く入りこんだ先端にあたり、小波一つない静かな港である。
ここから石廊崎灯台へは15分程のやや急な登り道である。
路の脇には数件の土産店が軒を並べているが日曜の午後とあって、いずこもお暇な様子である。
一汗流してやっと灯台へ達した。
石廊埼灯台(いろうざきとうだい)は伊豆半島・南伊豆町の最南端の石廊崎に立つ、白亜の塔形をした中型灯台で、「日本の灯台50選」にも選ばれている。
1871年(明治4)10月(旧暦では8月)に、設置・初点灯している。
かの、「灯台の父」と呼ばれるリチャード・ヘンリー・ブラントン(イギリスの工兵技監にして建築家、スコットランド人、明治政府の招聘により来日したお雇い外国人のひとり。
数多くの灯台の設計・設置を手がけた)の設計による八角形の木造灯台として建設され、日本では、10番目に古い洋式灯台だそうである。
昔から石廊崎沖は航海の難所でもあり、この沖の岩礁で座礁、難破する船も多くあったので、航行関係者からは是非にと、灯台が求められていたのであった。
伊豆南端、先端部の「石廊埼」
灯台周りには囲いがあって、見物できないのは残念である。
灯台から更に進むと紺碧の大海原が広がっていて、高さ50m~100mの断崖絶壁に黒潮が激しく波を打ちつけている。
又、断崖にへばりつくように鉄柵の遊歩道があって、その先の大岩を刳りぬいた部所に石室(いろう)神社の社が鎮座している。
その又突起の絶壁上に注連縄を張った小社が恐る恐る据わっている、実に迫力ある風景である。
特に岩の上から見る朝日は絶景で、正月のご来光は人気のスポットであるとか。
神社は奈良時代には開祖された様で「役の行者」にも因縁があり、中古以来、金剛山石室権現と尊崇されていたという。
石の廊下をつたって石室に安置されていたもので、維新後の神仏分離で伊波例命(イハレヒコノミコト:海上交通の守り神)を奉斎し、石室神社とされたといわれる。
石の廊下に石室で、社名も石室(いろう)神社と呼称しているようで、変じて一帯を石廊崎と称するようになったとか。 いずれも海上交通や縁結びにご利益があるという。
水平線に地球の丸さを実感・・??しながら、石廊崎を後にした。
次回、「西伊豆・松崎」へ、
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